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salon cojicaから武田浩志を見つめる

salon cojicaから武田浩志を見つめる

川上大雅



1 はじめに

2010年にsalon cojicaをオープンしてから、武田作品には常に驚かされ、勇気をもらい続けている。詳細な技法等に関する分析はほかの寄稿者に譲るとして、本稿では、salon cojicaでの展覧会など、様々な機会に出展してもらった作品の変遷に触れ、武田作品の歴史のようなものを紹介したい。

2 こ鹿(2010)


こ鹿 展示風景 2010 salon cojica(北3条東2丁目 中西ビル 現在は取り壊し)

本展は、salon cojicaでの初めての展覧会であった。本展は、《ちょうちょう》を中心とした構成となった。バンビをモチーフとした展示と聞いていたが、たくさんのちょうちょうが並ぶこととなった。《ちょうちょう》では、金箔をベースとした画面に印刷物のトナー部分を平面に写し取る「転写」の楕円により作られたちょうちょうが画面に点在している。伝統的な日本画をベースとした金箔の下地に蛍光色やドット柄といったモチーフが掛け合わされていくと、現代的な平面となる。武田作品の要素をシンプルに掛け合わせた一つの例とも言えよう。本作品では、ちょうちょうの半立体も展示され、平面と立体のあいだをつなぐものとなって、本展に良い効果を与えていた。


こ鹿はきっと来るⅡ/Co-jica surely comesⅡ

飛び立ったちょうちょう/ flies away

3 portrait(2009- )

2009年以後武田は、「portrait」と題された作品を多数制作するようになる。《portrait》は、上海での展覧会「雪国の華」に初出展されたひとがたをモチーフとしたシリーズである。私個人と武田の出会いが本展覧会だったこともあり、portraitの歩みはそのままsalon cojicaの歩みのようにも感じているところがあった。

以後、様々にいろとかたちを変えながら《portrait》が展開していくことになる。このような中で、個展「Utopia MoMo-Iro 7」をsalon cojicaで開催した。展示のために床と壁を貼り替え、《portrait》シリーズを中心とした展覧会を行うことにした。この際に書いたテキストは以下の通りである。

彼が、近年特に意欲的に取り組んできた平面作品は、「portrait」とのタイトルが付けられていました。

「portrait」それぞれに番号が単純に振られているものの、タイトル自体に個性は与えられてきませんでした。そんな「portrait」は、彼の研鑽の記録といっても良いでしょう。

彼は、160を超える「portrait」の創作と研鑽から、ユートピア(Utopia)を探し続けているのかもしれません。

この頃の《portrait》シリーズは常に実験的であり、その時々の興味によって、いつも違う画面作りがされていった。「Utopia MoMo-Iro 7」のメイン作品として出展された《portrait158》では、金箔、ドット、山、ピンクといったこれまでの武田作品に特徴的な要素はありながらも、全体的に画面が汚される処理がなされているなど、不穏な画面作りがされている。時期は前後するが、2012年の夏、初めて参加したART OSAKAの搬入の際に武田とビックリマンシールの話をした記憶が残っている。金箔、ラメ、蛍光色、光沢のある表面、背景作りの方法などには共通するところがあるのではないかと考えている。

4 神殿(2009 -2014)

《portrait》と並行して作られていたシリーズとして、《神殿》のシリーズがある。横長の立体のシリーズと、不安定に箱のようなものが積み重ねられた《神殿 -tree-》のシリーズが存在している。横長のシリーズは武田の実家の平屋の形がモチーフになっており、木材や、エポキシ樹脂、ミラーボールの鏡など、その時々の「素材」への興味がダイレクトに表れるシリーズとなっている。内部には灯りが灯されることが多く、家を思わせる作品となっている。箱が積み重ねられた《神殿 -tree-》のシリーズにおいては、コードの処理や、立体の組み合わせ方に工夫が凝らされ、その時々の「造形」への興味がダイレクトに表れるシリーズとなっている。《神殿》は、彼の平面作品を集積し立体に立ち上げたもののようにも思え、立体と平面とをつなぐ役割を担っているようにも思えていた。こ鹿(2010)では、《神殿#003》を展示し、Utopia MoMo-Iro 7(2012)では、《神殿-tree-#004》を展示した。

5 Utopia MoMo-Iro 8(2013) salon cojicaがアートフェア東京に初参加するにあたり、個展形式での展示をお願いした。本展には、《portrait》とともに、シリーズ《OKASHIRA》が出品された。武田作品の特徴である、奥行きのある平面作品から発展したシリーズであり、シンプルなひとがたの造形にシンプルにラメでの着色がなされた半立体とも呼べるシリーズである。《OKASHIRA》シリーズが発展していくことは今のところないが、武田作品の特徴が端的に表れたシリーズでもあるといえよう。

6 connect cojica 05(2013) 《portrait》シリーズの各作品は、1個のひとがたのモチーフが肖像画のように置かれる構成を主としていたことから、ともすると単調にも見えるものとなっているように感じていた。このような中で、《portrait》に関する大作の展開を見てみたいと考えていた。そこで、connect cojicaと題した展覧会のシリーズを小樽市美術館で展示する機会を得たので、武田に大作の展開を依頼した。タイトル自体は《portrait》となり1個のひとがたが置かれる構成がとられたが、横長の画面には《portrait》に躍動感を与えたように思えた。本作品については、現在も加筆が続いているが、以後の作品に転機を与える制作であった。

7 実験的な制作群

2015年ごろ、過去の《portrait》のパーツを組み合わせて作られた新しい《portrait》や、《神殿》の端材を組み合わせて作られた《portrait》作品が現れたりした。自らの《portrait》の集積を再構築し新たな《portrait》を作ろうとする実験的な制作群が生み出されていた。

8 Utopia Momo-Iro 10(2015)

salon cojicaがリニューアルオープンし、現在の場所に移転しての個展。個展タイトルとしての「Utopia Momo-Iro」も 10回目を迎えて、節目となる展示となった。本展では、VOCA展に出展された作品とともに、《portrait》の立体が展示された。本展に寄せたテキストは以下の通りである。

「Utopia Momo-Iro 10」に寄せて

「Utopia Momo-Iro」とのタイトルが付された展覧会も、10回を迎えることとなった。タイトルに込められた意味は、当初の意味とは変容してきているが、彼の「Utopia」を探すための試みが続けられていることには変わりはない。

武田作品を基礎付けているのは、多様な試みの集積ではないかと考えていた。その痕跡は、作品のいたるところに残されている。

奥行きの逆転するための試みであったり、異素材を組み合わせるための試みであったり、偶然のように見える筆跡をコントロールするための試みであったり、その試みは多様である。

本展にあたり、武田は、portraitの「ひとがた」のモチーフ自体も素材として取り扱うことにしたと話している。

新作のportrait233では、すべての試みが等値に扱われ、積み重ねられている。同作では、ひとがたがおぼろげながら立ち上がって見えるものの、そのひとがたに気づく頃には、たくさんの試みが混然一体となって私たちに提示されていることにも気づくだろう。その試みひとつひとつに気づいた時、私たちのもつ空間の既存概念は揺らいでくる。

彼の興味は、もっぱら技術や技法、素材といった「どうやって作るか」という点に向けられており、「何を表現するのか」というものには向けられていないようにも思える。しかしながら、彼の作品は無機質なものではなく、彼の作品には、創作に対する根源的な好奇心が凝縮されている。

そんな彼の作品が、絵画の地平となっていくことを期待している。

《portrait》でなされた試みの集積や、いたるところに残された痕跡は、絵画のおもしろさの根源であるように感じて、これが絵画の地平となっていくようにも感じていた。実際、翌2016年のアートフェア東京に出展された《portrait》は非常に完成度が高く、好評を博した。他方で、同時期ごろ《portrait》シリーズについては一定の到達を得たような印象もあり、新しいシリーズを見てみたいとも思うようになっていった。

9 Utopia MoMo-Iro 11(2017) 長らく制作の場としてきたスタジオattaから共同スタジオなえぼのアートスタジオに移ってからの初めての展示。ここでは、《portrait》からの脱却が試みられた。《portrait01》のレプリカを破壊するインスタレーション(実際にはハンマーが曲がるほど強靭な表面であり、portraitの強靭さが裏付けられてしまっていた。)と、《portrait》が分解されたような作品である《untitled》が同時に展示された。《portrait》から解放された作品はより生き生きとしているように感じた。

10 Utopia MoMo-Iro 12(2019)

本展では、前回個展から発展していった線を取り扱ったシリーズ《untitled》がまとめて発表された。本シリーズでは、デジタルペンで描かれたような線と、エアブラシで無造作に描かれた塗り跡が幾重にも書き込まれ、複雑に積層していることを特徴としている。展示にあたっては、メイン作品の制作過程をインスタグラム等のwebページにて公開することとし、武田作品の制作過程の奥深さを端的に伝えることとした。

11 変遷のまとめ

以上、武田作品の変遷を解説とともに触れてきた。2009年に001のナンバーが付された《portrait》は、275を数えるに至った。この間、継続して多数の作品を生み出し続けていること自体まず驚異的である。《portrait01》(2009)はどちらかというとシンプルな、肖像画に近いペインティングであり、これが《portrait275》(2019)になると、幾層にも積み重なったレイヤーを有する重厚感のある平面作品へと変容していっている。たくさんの要素が積み重ねられていったことがこの2作の比較から表れている。《portrait》にせよ《神殿》にせよ、そのほかのシリーズにせよ、その時期に応じて、表面の処理、積層の量、パネルの材質、平面、立体、これらは非常に様々であり、常に変化を続けている。もっとも、こうして生まれた作品は奥行きがどんどん増していっているようにも思われる。これは彼のあくなき好奇心と、試行と研鑽の積み重なりによるものであろう。彼の作品は、その時期に応じて、今まで用いてきたモチーフや要素を破壊し、再構築することを繰り返しながら、厚みを増していっているともいえる。彼の作品の魅力は、こうした作品の変遷の過程をバックグラウンドに見るとより面白いように思われる。

12 おわりに

私は、武田作品を取り扱うギャラリーを運営しているが、武田作品の一番のファンでもある。彼の作品よりすごい平面の作品には、滅多に出会わない。どう考えたって一番いいに決まっている。こんな作家が札幌にいて、出会えていることが奇跡なんだと思っている。

いたるところに散りばめられた技術の集積や技法や気づきに感動することは止まなくて、「なんじゃこりゃ」とか、「すげーこれ」というのは取り扱いから10年経っても続いている。この気づきや感動は、高い技術と、妥協のない制作に裏打ちされているのは疑いがないのだけれども、それだけではなく、技術を超えるような神々しさみたいなものを感じる時がある。《portrait240》が完成し、クレートから出したときの驚きと感動はきっと一生忘れないだろう。その神々しさの理由がどこにあるのかはまだ整理できていない部分もあるけれど、こういうことを感じることができるのも、美術の本質的なおもしろさなんだろうとも思っている。私自身、これからも武田作品の歴史の目撃者となるべく、武田作品を追いかけ続けていくことを決意し、本稿とする。


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